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▼仕事部屋は森の中、
北海道のカントリースタイルマガジン『East Side(イーストサイド)』 [弟子屈町]
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「摩周駅から鶴居村方面に牧草地帯を進んで…奥春別小学校の看板からさらに1km…右手に入る道があって…それから800m先を右手です」
特に看板や目印があるわけではない。
電話越しに伝えられた道順をしっかりメモしたつもりが、やはり迷った。
再度確認して、あらためて牧草地を突っ切り、目を凝らし進んでいくとやがて右手に道が現れた。さらに小路をゴトゴト進んでいくと、そこは本当に森の中。羊がのんびり草を食む、絵画のような風景のその奥に伊藤さんの仕事場があった。
伊藤さんは1952年鹿児島市の生まれ。
東京時代は広告業界に身をおき、編集業務に携わっていた。その後、アメリカ・ニューヨークへ渡り、様々な職を経験する。
「近くに大きな公園があって、自然のなかに身をおくことの心地よさっていうか、そういうのに気づいたんです。帰国しようと思ったとき、このゆったりした状態、気持ちを収めてくれるのは北海道しかないなと思って」
1989年8月に伊藤さんは帰国し、半年ほどの準備ののち1990年5月に北海道へ渡る。
渡米中に建築技術を習得し、弟子屈町の我が家と隣り合う事務所は自身で建てたもの。
移り住んだ当初はそのスキルを生かし大工仕事を生業として、十数件の住宅を建てた。しかし、小さな町ほど景気に左右されやすく次第に建築の仕事は減っていく。
そこで、それまで培った編集のノウハウと北海道暮らしの経験を活かし、2000年4月に雑誌『East Side(イーストサイド)』を創刊する。
「僕自身は雑誌づくりが好きだったので、紙面を通じて自分がやろうとしていること、思うことを少しでも伝えることができればいいかな、と思って・・・。それに弟子屈町の自然環境や住環境は非常に満足していますが、経済的にはやはりなかなか厳しいところです。当時も大工の仕事が少なくなって、このままではいけない、なにか起業しなくちゃ。お金を生まなくちゃ、という思いがありました」
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| ▲摩周駅から西へ。牧草地がどこまでも広がり開放感たっぷりだ。弟子屈町は摩周湖や屈斜路湖といった全国地の観光地を擁している |
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| ▲伊藤さんが建てた森の中のご自宅。木々に包まれ、エゾハルゼミの声が降りそそぐ |
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美しい森のあるまち。
しかし、憧れだけでは生活できない現実がそこにあった。
冬は特に厳しい道東地域。その田舎で暮らそうとすると、一人の人間として自身に生きる知恵や体力があるかが試される。
「・・・雑誌だったら広告も取れるし、10年間弟子屈に暮らして、思い入れや感じることもあるし。僕はいまでもこの弟子屈の町が素晴らしいところだと思ってます。ただ、どういうわけか町は元気がないし、北海道も廃れてしまって落ち込んでいる。アメリカでは、もっと田舎でも、もっと楽しそうにしてたよなあ、なんでそうなのかなあ、と思うんです。自分で自分を鼓舞するためにも、それに自分が選んだ場所だからよくなって欲しいという想いもあります」
最近は、ブームなのだろう。
スローライフや、お洒落な田舎暮らしをテーマとする美しい写真集のような本がずいぶん書店に並ぶようになった。
イーストサイド誌をパラパラめくると写真も美しいのだが、最近の雑誌には珍しく文字が多いな、という印象。
年2回の発行ゆえに、鮮度ある情報は決して多くない。しかしその分、時間をかけて読むに耐える密度がある。
取材対象者の個人史を紐解きながら北海道暮らしの魅力を詰めるなど、ありのままの北海道を点描するクロニクルとして貴重な存在かもしれない。写真を見ても、文章を読んでも丁寧に取材している様子が感じられる。
とはいえ、全体の論調は北国の生活を賛美するわけでも、北海道への移住を煽るわけでもないようだ。そのスタンスが他誌と一線を画している印象を受ける。
「やっぱりこういう自然のなかで、暮らすにはそれなりに体力や能力も必要になるし、皆さん決してフワフワとした軽い感じで生活しているわけじゃないんです。自分の経験からもその心構えの部分、一見豊かに見える暮らしの裏側をお伝えできればと思うのです。北海道では困ったときにすぐ行政などに頼ればいいというわけにいかず、まず自分自身がしっかりしていなくちゃなりません。たとえご近所といっても何キロも離れている場合もありますし・・・。そういう意味では、『イーストサイド』は現代版の開拓史とも言えるかもしれませんね」
道東の話題のウエイトが大きいが、道内各地の情報も掲載されている。
「取材費があれば北海道全部やりたいんですけど(笑)。ただタイトルをつけるときに思ったのは『道東』ってイメージはどうだろう、よくわからないでしょう。こんな素晴らしいところなのに。それを伝えるためにもタイトルは格好よくつけた方がいいなと。『道東』よりは『イーストサイド』と聞いて、おっなんかいいね、と思ってくれれば」
ところが、各地の情報が綴られているがため、苦労することもあるという。
「たとえばこの雑誌をもって広告掲載のお願いに行ったとします。するとパラパラめくって『あ、うちの町は出てないね』と。それで話が途切れてしまうことが多々あります。自分の町に観光客が来なくても、道東に人が来ることでお金は回るし、結果、北海道全体がよくなれば、それでいいじゃないかと思うんですが・・・」
「弟子屈町は人口9千人の標茶町や2千6百人の鶴居村と隣接してます。旅人の目線も、自分の日常生活もそれほど行政区域に縛られているわけではないので、もっと広い視座で捉えてもいいと思うのです。もちろん自分の暮らす町や地域に愛着を持つのはよいことです。ただ、実際買い物に行こうと思えば、車で行政区を越えて簡単に釧路市へも行けてしまうわけで、そういう現実を踏まえた上で、わが町を考えなければ、たとえばある日、弟子屈町の商店の一軒が消えたとしても、その訳が理解できないのではないでしょうか」
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町に2軒の旅館があったとしよう。
一方がつぶれれば、一方はその客すべて取り込むことができるわけで、どちらも相手の足を引っ張りあうことに躍起になる。
それが今の北海道だとするならば、目指すべき方向は明らかに反対である。
2軒の旅館は協力しながらサービスを充実させ、いかにお客様を満足させられるか、どうすればお客さんを呼べるかをともに考えるべきなのだ。
町に1軒の旅館でよしとするのではなく、2軒の旅館があふれるような需要を掘り起こすこと、リピータを増やすこと。そして3件目の旅館が建てられるよう、業種を超えて魅力あるまちになるよう連携することだ。
町全体を考えてもそうだ。一つの仕事が失われることと、一つの仕事が生まれることの間には、あまりに大きな距離がある。
自らが踏ん張り、自分が暮らす町を応援することは至極当然だが、北海道全体を考えた場合、他の町を互いに応援しあうことこそが求められているのだ。
「だけど同じような想いを持っている人たちが、道内にはたくさんいます。そういう人たちの気持ちや価値観を誌面を通じて表現していきたいと思ってます」
そんな人々の囁きを織り込でいきたい-、伊藤さんは今日も木漏れ日のなかで次号に向けての構想を練っている。
(2006年7月記)
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| ▲現在発売中のイーストサイド13号を手にとる伊藤さん |
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| ▲美しい写真と密度のある記事。ゆっくりと時間をかけて読みたい本だ |
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| ▲ご自宅から徒歩30秒の仕事場。パーテーションで区切られパソコンがのる机にやさしい木漏れ日が差し込んでいる |
▼弟子屈町提供の摩周湖情報はコチラ

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East Side013 Contents (一部)
▼ダッチウエストジャパン物語/「贅沢な温もりと薪ストーブ」
日本の薪ストーブ人気の発端がここにある
▼新企画:アンプラグドな日常 Vol.1「室をつくる」
電気・ガス・水道のない質素な暮らしの実践リポート
▼わたしの好きな風景2編「漁り火」「湖のある故郷」
▼Path&Trail 第2回根室フットパス「別当賀パス」
▼ひつじへん連載11
「ログハウスも、糸紡ぎも、この手が創る仕事」
▼絵描きの旅・7話―東京上野毛、画塾生のころ
「画商のもとで魂を売りながら、絵描きを渇望していた」
▼山本敬介の漫歩エッセイ連載6「鬼峠を越えてニニウまで」
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■森の中の会社 バルク・カンパニー
| 住所 |
北海道川上郡弟子屈町奥春別原野35-83-1 |
| 電話 |
(01548)2-1602
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| FAX |
(01548)2-1325
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| 代表 |
伊藤 肇(イーストサイド編集長) |
| 主な業務 |
出版、編集、企画など |
| 主な出版物 |
・East Side(イーストサイド)
(年2回発行、1050円、88p、A4版)
・もりの絵日記(2004年、1365円)
・風の眼フォト(2005年、1890円)など
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| 公式サイト |
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http://city.hokkai.or.jp/~hibulk/
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